名言・格言・言葉の宝石箱

昨日を越え、明日を掴み、今日を生きるあなたへ

村上春樹の名言・格言集

村上春樹の名言・格言集

 

 

誰をも抜かないし、誰にも抜かれない。しかしそれでも我々はそんな回転木馬の上で仮想の敵に向けて熾烈なデッド・ヒートをくり広げているように見える。


遠くから見れば、大抵のものは綺麗に見える。


孤独好きな性格を守るのに、誰にも迷惑をかけてないはずだという論理は逃げである。孤独は闘い取るものだ。闘い取られていない孤独は、いつか人の心を蝕む。


人生で一番きついのは、心ならずも誰かを傷つけてしまうことであって、自分が傷つくことではありません。


世の中の人間の大半は、自分の頭でものを考えることなんてできない。そしてものを考えない人間に限って他人の話を聞かない。


目に見えるものが、本当のものとは限らない。


僕らはとても不完全な存在だし、何から何まで要領よくうまくやることなんて不可能だ。不得意な人には不得意な人のスタイルがあるべきなのだ。


どんな言語で説明するのも難しすぎるというものごとが、私達の人生にはあります。


想像というのは鳥のように自由で、海のように広いものだ。誰にもそれをとめることはできない。


もし他人と違う人間になりたいと思ったら、なるべく他人とは違うかたちの情報を摂取するようにすればいいと思います。


過ちを進んで認める勇気さえあれば、だいたいの場合取り返しはつく。


一般論をいくら並べても人はどこにも行けない。


深刻になることは必ずしも、真実に近づくことではない。


この世界において、退屈でないものには人はすぐ飽きるし、飽きないものは大体において退屈なものだ。


本当の自分というものがなくては、人はそもそも生きていくことはできないんだよ。それは地面と同じなんだ。地面がなかったら、そこに何かを作るということはできないんだよ。


規則正しく生活し、規則正しく仕事をしていると、たいていの物事はやり過ごすことができます。


ひとつを解くことはおそらく、もうひとつをより明快に解くことになるはずだ。


僕は逃げられないし、逃げるべきではないのだ。それが僕の得た結論だった。たとえどこに行ったところで、それは必ず僕を追いかけてくるだろう。どこまでも。


信仰の深さと不寛容さは、常に裏表の関係にあります。


本当に深く心が傷ついたときには、言葉なんてでてこないものだよ。


あの子を助けたいと思うんじゃなくて、あの子を回復させることによって自分も回復したいと望むのよ。


流れというものが出てくるのを待つのは辛いもんだ。しかし待たねばならんときには、待たねばならん。


人は原理主義に取り込まれると、魂の柔らかい部分を失っていきます。そして自分の力で感じ取り、考えることを放棄してしまう。


小説家がウソを言っても非道徳的と批判されることはありません。それどころか、そのウソが大きければ大きいほど、うまいウソであればいっそう、一般市民や批評家からの称賛が大きくなります。


人々は闇の中から出てくる何かを見つけることで、闇の中から救われることができる。


多くの人は枠組みが必要で、それがなくなってしまうと耐えられない。いろんな檻という囲い込みがあって、そこに入ってしまうと下手すると抜けられなくなる。


僕は現実でもある日誰かが消えてもおかしくないと思って生きている。人というのは日常的に失われていくものだと捉えているんです。猫を飼っているとわかるけど、動物というのはいついなくなっちゃうかわからない。そういうことって決して特殊なことではない。


どれほどこっそり息を潜めていても、そのうちに誰かが必ずあなたを見つけ出します。


一人で暮らす人間は知らず知らずいろんな能力を身につけるようになる。そうしないことには生き残っていけないのだ。


物事があまりに完全だと、そのあとに決まって反動がやってくる。それが世のならいだ。


誰も助けてはくれない。少なくともこれまでは誰も助けてはくれなかった。だから自分の力でやっていくしかなかった。そのためには強くなることが必要です。はぐれたカラスと同じです。だから僕は自分にカフカという名前をつけた。カフカというのはチェコ語でカラスのことです。

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