田山花袋の名言集(運命や孤独について)

2015-03-21_144850

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田山花袋

たやま・かたい
1872年~1930年
享年58歳。栃木県出身。
さらなる人物紹介を読む。

~田山花袋 名言~

誰でも顔の中に、
その人の生涯が表れて
見える。

 

書物よりも、生きた人間から
受けた影響の方が、
ずっと大きい。

 

戦場は大いなる牢獄である。
いかにもがいても焦っても、
この大いなる牢獄から脱する
ことはできぬ。

 

毎日掃いても落ち葉が
たまる。これが取りも直さず
人生である。

 

何事も露骨でなければならん
何事も真想でなければならん
何事も自然でなければならん

 

旅はどんなに私に生々とした
もの、新しいもの、自由な
もの、まことなものを与えた
であろうか。
たびに出さえすると、私は
いつも本当の私となった。

 

恋が消えなければ
夫婦の愛情は起こらない。

 

若い時の墜落はいかように
しても浮かび上がることが
出来る。

 

絶望と悲哀と寂寞とに
堪え得られるような
まことなる生活を送れ。
運命に従うものを勇者と
いう。

 

成功不成功は人格の上に
何の価値もない。
人は多くそうした標準で
価値をつけるが、私は
そういう標準よりも、
理想や趣味の標準で価値を
つけるのが本当だと思う。

 

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人間元来一人で生まれて
一人で死んでいくのである。
大勢の中に混じっていたから
って孤独になるのは、
わかりきったことだ。

 

泣いてもらっても、
悲しんでもらっても、
慰めてもらっても、
要するに、その身は独り
死ななければならない。

 

人間は
理想が無くっては駄目です。

 

どんな生活でも
新しい生活には意味があり
希望がある。

 

青年時代の煩悶は要するに、
夢のようなものだね、君。
青年時代の煩悶には、まだ
いくらも余裕がある。

 

何でも、断定することは
いけない。
断定した時、そのものは、
既に別なものになっている。

 

何でも空想で考えず、物に
当たって活発にやるがよい。
その時に出てくる知恵は、
空想でこねまわしたもの
より、ぐっと生々している。

 

センチメンタリズムという
ことは、こうありたい、
ああありたいと思う願いを
誇張して、理想から空想的に
なって行った形を言うので
ある。
 
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世の中は好いが好いじゃない
悪いが悪いじゃない、
幸福が幸福じゃない。

 

行く水の流、咲く花の凋落
この自然の底にわだかまれ
る帝王すべからざる力に
触れては、人間ほど儚い
情けないものはない。
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