我は濁れる水に宿らん

2014-12-17_145907

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五十鈴川きよき流れは
あらばあれ

我は濁れる水に宿らん

【意味】
仏教には二つの流れがある。
ひとつは清き流れ。もうひとつは
人々の欲望から生まれる習俗や
信仰が作るいつも濁った
大きな流れ。
「我は濁れる水に宿らん」という
のは、自分はあくまでも濁れる
大河の一滴であり続けようという
想い。(五木弘之:杖言葉 参照)

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【感想】
水は低きに流れる。
雨を森が受け止め、受け止めた
葉から落ちるしずくが地下水と
なって渓流となる。

その先に待つのは広き大河
そのもの。

我々一人ひとりはまさにこの
大河へ流れる一滴であるという
現実を思い起こさせる。

清濁併せ持つという言葉が
あるけれど、きれいごとだけ
では人生は生きることができ
ない。

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放っておけば低いほうへ流れて
いく人間の生態はまさしくこの
大河に流れ着く水と酷似している。

現実に身をおいてこそ、広がる
世界、視野もあると感じた。

 ⇒人生に迷った時の名言・ことわざを読む 

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