河合隼雄の名言集(人生や仕事に迷いが生じたら)

2015-03-26_120914

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河合隼雄

かわい・はやお
1928年~2007年、享年79歳
心理学者。
「嘘は常備薬、真実は劇薬」
の名言あり。
さらなる人物紹介を読む。

~河合隼雄 名言~

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思い通りにならないことこそ
ほんとうにおもしろいことだ
と思っているんです。

 

不安ていうのは、他人を巻き
込む力が強いんです。
だから、不安の強い人は、
なんとなく嫌われることが
多い。

 

うっかり他人のことを真に
理解しようとしだすと、
自分の人生観が根っこあたり
でぐらついてくる。人間理解
は命がけである。

 

あくる朝起きたら、
また違う風が吹いている
からね。

 

人は傷つくことで成長して
いく。先生の役割は、傷を
つける役割だ。

 

親の命令が画一的で、
一から十まできちんと統制が
とれている家庭の子は危険
です。
それに対して多少の悪さや
いたずらをしても大目に見て
もらえる家庭の子は、あまり
心配しなくてもいい。

 

イライラは、
見通しのなさを示す。

 

人間は短期間だけ親切になる
ことは容易である。

 

いまの人は、みんな、
「何かしなければ」と
思いすぎる。

 

だいたい子どもというものは
“親の目が届かないところ”
で育っていくんです。

 

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宗教はあくまで個人のもの
である。あくまで自分との
かかわりにおいて世界を
いかに見るかということで
ある。

 

「せっかく生まれてきた
この世で、自分の人生を
どのような物語に仕上げて
いこうか」という生き方の
方が幸せなんです。

 

冗談による笑いは、世界を
開き、これまでと異なる
見方を一瞬に導入するような
効果をもつことがある。
八方ふさがりと思えるとき、
笑いが思いがけぬ方向に
突破口を開いてくれる。

 

ほめたらつけあがるなんて
ことはまずありません。
もっと子どもを信用して
いい。
子どもを信用できない

のは、つまりは自分を信用
していないからなんです。

 

自立しているものこそお互い
に接触し、頼るべきときは
頼って生きているが、十分に
自立していない人間は、他人
に頼ったり、交際したりする
のを怖がる。

 

真に理解するということは、
こちらの命をかけて向き
合わぬと出来ない。
自分の根っこをぐらつか
せずに、他人を理解しようと
するのは甘すぎる。

 

学んでいて楽しくないものは
本当の意味で身につかない、
というのは私の実感でもあり
ますが、一方で、苦しさを
伴わない学びもまた、
ニセモノだと思うのです。

 

 

相手に欠点がないように
思われ、何もかもうまくゆく
のだったら、その人とつきあ
うことは当然であり、利己的
に言っても価値のあることだ
から、別に愛などという必要
はないかもしれない。

欠点のある人と、自分も欠点
持つ人間として関係を維持
して
ゆく努力の中に、愛が
あるので
はないだろうか。

 


 

昔は母親が子供に「よい子」
であるように願っていても、
子どもの方は母親の管理を
離れて勝手に行動できる余裕
があった。
熱心さはうまく緩和され、
適当な度合いになっていた
のである。

 

冗談による笑いは世界を開き
これまでと異なる見方を一瞬
に導入するような効果をもつ
ことがある。
八方ふさがりと思えるとき、
笑いが思いがけぬ方向に
突破口を開いてくれる。

 

物語らなければ
生きていけない。

 

自我と自己。
自我は変革可能だけれども
自己は無限の可能性みたい
なものだ。

 

心のなかの勝負は
51対49のことが多い。

 

物語の「主人公」は自分。
人間は一人ひとり違うのです
から、それぞれが自分の物語
を作っていかなければなりま
せん。

 

「せっかく生まれてきた
この世で、自分の人生を
どのような物語に仕上げて
いこうか」という生き方の
方が幸せなんです。

 

「のぞみはもうありません」
と面と向かって言われ、
私は絶句した。
ところがその人が言った。
「のぞみはありませんが、
光はあります」
なんとすばらしい言葉だと
私は感激した。
このように言ってくださった
のは、もちろん、新幹線の
切符売場の駅員さんである。

 

うそは常備薬、
真実は劇薬。

 

人間の心がいかにわからない
かを骨身にしみてわかって
いる者が「心の専門家」で
ある、と私は思っている。
素人は「わかった」と単純に
思いこみすぎる。というより
は、「わかった」気になる
ことによって、心という
怪物と対峙するのを避ける
のだ。

 

道草によってこそ
道の味がわかる。

 

自分の持っている器量とか
決断力をもっと信じなきゃ。
信じて開発しなきゃ。

 

自立ということは、依存を
排除することではなく、必要
な存在を受けいれ、自分が
どれほど依存しているかを
自覚し、感謝していること
ではなかろうか。
依存を排して自立を急ぐ人
は、自立ではなく孤立に
なってしまう。
 
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「まじめに、真剣に」という
ことにとらわれると視野が
狭くなります。
これは一番怖いこと。
視野を広げるために
一番大事なものは、
「道草、ゆとり、遊び」。

 

人間が死ぬときは
頭だけが死ぬのではない。
人間が死ぬことは、
身体全体が死ぬのである。

 

一人の人間が生きるという
のは、すごいことです。

 

社会がパターンをつくって
くれないから、何をすべきか
わからなくなった人は深刻に
迷いだす。
だから自由度が高くなった分
だけ、「不幸の可能性」も
高くなっていくのである。

 

人間というものは自分で
自分を知らない鉱山のような
もの。自分を生きるという
ことを考え始めると、
「こんなこともできるんじゃ
ないか、これもやれるんじゃ
ないか」と自分を発見する
ことができます。

 

思い屈するような心萎える
時間こそ、心がしなっている
状態で、重い雪をスーっと
滑り落としているときなんだ
から、それを肯定し自分を
認める。
ああ、そうか、
俺はまだやわらかな、
しなる心を持っているんだと
感じて、憂鬱で無気力な自分
をも認めたほうがいいんじゃ
ないでしょうか。

 

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