ジョージ・エリオットの名言と感想

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ジョージ・エリオット

あなたがなれたかもしれない
人になるのに遅すぎることは
ない

It’s never too late to be who you might have been.

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●感想●

自分の器という言葉があるけれど、
それってどうなのかな。

誰のために「自分の器」という
ものを決めなくてはいけないのか
まったくもってわからない。

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自分のためなら、器なんてないほう
がのびのびとやれていい。

だとしたら、これまた他人からの
押しつけの考え、価値観のなかに
どっぷり浸かることを強いられる
ための「器」ということになるの
だろうか。

本当のことをいえば、やりたいと
思うことがあればやればいい。

誰に説明する必要も、許可を得る
必要もあるはずない。

一度きりの人生をどう生きようが
それに自分以外の人間が制限を
加えるなんてことがあっていいわけ
がない。

けれども現実はまったくもって
息苦しく、誰が世話をするんだ、
誰が面倒をみるんだ、誰がお金を
出すんだ、誰が責任を取るんだ
という「誰が、誰が」の連続で
結局は何一つ始めることができず、
地団駄を踏むようになる。

つまりは、覚悟がないのだ。

そう言われたとき、一切合財のこと
は自分が責任をとる。だから何も
言わないでくれ、口出ししないで
くれ、自分は自分のしたいように、
やりたいように生きるよ。

そう担架を切れないのは、誰の
せいでもない自分自身の覚悟が
ないせい。

器というのはそうなると、他人
じゃなく自分が自分のやりたい
ことをしない理由を正当化する
ための、都合のいい逃げ口上と
いうことになる。

誰も止めない。

だから、覚悟をもって好きなこと
をやればいい。

 

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ただし、全責任を自分がかぶる
という大前提で。器はいくらでも
大きくできる。

本気でそうしたいならだけれど。

by ザーゼン

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