曽野綾子名言集(引退しない人生)

2015-04-27_133130

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余生という言葉があります。
あまり好きな言葉じゃあり
ません。

人生は最期の一秒まで貴方の
かけがえのない持ち時間です。

そう考えるとき、曽野綾子さん
の『引退しない人生』をそっと
紐解きたくなりました。

 

~『引退しない人生』以下、引用~

荷物を下ろす時

老年や晩年の知恵の中には
荷物を下ろすということが
ある。達成して荷を下ろす
だけではない。未完で、
答えが出ないまま、終着
地点でなくても荷物を
下ろす時がある。普通人間は
荷物を下ろす時には、必ず
その目的を達成し、地点を
見定めて下ろすものなのだが、
死を身近に控えれば、その
ような配慮はもう要らなく
なる。
そっと人目を避けて木陰で
荷物を下ろせば、爽やかな
微風がきっと私たちの汗ばん
だ肌をやさしく慰めてくれる
ものなのだ。

引用元:「晩年の美学を求めて」


 

冒険は老年の特権

年をとるということは
実にすばらしいことだ。
雑学も増える。少々危険な
所へ行っても、もうそろそろ
死んでもいい年なのだから、
自由な穏やかな気分でいら
れる。
冒険は青年や壮年のものでは
なく、老年の特権だという私
の持論はなかなか人には納得
されないが、私はおかげで
面白い生活をし続けている。

引用元:「自分の顔、相手の顔」

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学んできたはず

学歴などなくても、
学校秀才でなくても、
高齢者は必ず、彼か彼女が
生きてきた年月だけ余計に
学んでいるはずだ。
学んだ分だけ、人は必ず
賢くなっているはずである。

引用元:「晩年の美学を求めて」


 

老年の自由

高齢者の自由というものは、
今、見落とされがちだが、
すばらしい輝きを帯びて
いる。もうひと仕事済まして
誰から何を言われようと
傷つくような年齢でもなく、
むしろ誰にでも深い尊敬と
感謝のできる下地ができて
いる。

引用元:「自分の顔、相手の顔」


 

密かな内的完成のために

まだ果たしていないこと
だが、私には年をとった
時の計画がある。それらは
すべて風光明媚な地方では
できないことで、できれば
都会の真っ只中にいてこそ
可能なものである。

それらはまず、実行が距離
や天候などに左右されず、
かつ、大した出費を伴わず
体力の衰えた老年でも一人で
できることでなければなら
ない。

私が最初に希望したことは、
毎日のように絵を見て歩こう
ということであった。
博物館、美術館もいいし、
画廊を見て歩くという手も
ある。
次に予算と体力に合わせて、
月に一、二回は芝居を見る。
そのお金がないときには、
裁判を膨張する。それこそ
お金をかけずにドラマを
楽しむ究極の方法である。

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それからデパートを歩き、
盛り場で食事をするかお茶
を飲む。生きた町の姿と
物価に常に接しているため
である。

講演会、同好会なら、毎日
ないという日はない。
八十になって講演会を開いて
利口になって何になる、
ということはない。
老年というものは、密かな
内的完成のための時なのだ
から、都会にいれば、
いつでも、自由に、無理なく
目立たずにその機会を見つけ
られるのである。

引用元:「都会の幸福」

>>>別の「曽野綾子名言集」を読む

 

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